(成人期編)
一人暮らしを始めてからというもの私はそれまでの呪縛を解かれ、
狂うこと「自慰行為を覚えこまさせられたおさるのジョージ(BY・Eテレ)」のごとく、
連日連夜、爆乳のAVを見まくるようになったのでした。
今日はそんな私の上を、いや、私のビデオデッキの中を通り過ぎて行ったさまざまな爆乳女優さんを時系列順でご紹介していきたいと思います。
まずはこの方

西野美緒さん
(バスト93cm・Gカップ)
ちなみに一番最初に見たビデオがこの『不法侵乳』です↓

この女優さんのどこが良かったか。
それは爆乳の素晴らしさもさることながら西野さんの出身が京都ということで、このビデオ作品の中の
『未亡人がお坊さんに犯られる』というシュチュエーションのコーナーで京都弁を使っていて、
その京都弁の響きのやらしい事と言ったらなかったのです。
「なにしはるんですか?」「やめてください↘↘(語尾のイントネーション下がる)」
といった感じではんなりと坊主を拒絶する様がなんとも言えず、
これ以降私は『ご当地方言AV』の方にも夢中になったのは言うまでもありません。
ちなみに西野美緒さんのDVDは現在も、
『アリスピンクファイル あの新基準モザイクで魅せる! 西野美緒』↓

で、見ることが出来ます。西野美緒作品の総集編なのですが「不法侵乳」が入っているかは未確認です。
入っていたら再び見てみたいんですが近くのレンタルビデオショップに置いてないので残念です。
で続きましてはこの方

水谷リカさん(バスト90センチ)
この方は後々、七瀬理香という芸名に改名され、「激走戦隊カーレンジャー」の悪役、ゾネットととしてお子様向けの番組に出演され、CDまで出しました。


そのセクシーなゾネットの衣装の為、なぜかお子様だけじゃなく保護者もヒーロー物を録画してみるという現象が起こりました。(かく言う自分も見てましたけど)
ちなみに今もファンページがあります→http://rikamizutani.x.fc2.com/
そして続いてはこちら

細川しのぶさん(バスト98センチ)
ちなみにはじめてみた作品がこちら↓

細川ふみえのそっくりさんとしてAV界にデビューしましたが個人的には似てないと思います。
しかしブス爆乳も好きな自分としてはツボでした。
この方は2009年の時点では吉原のソープランド『特別室』で働いていらしたそうですが
現在は分かりません。
↓ちなみにこれは最近の写真のようです。

一回行ってみたかったです。
続きましてはこちらの方、

福原園美さん
(バスト90センチ・Eカップ)
こちらがはじめて見たビデオ「デビュー、そのみ18歳」です。

この方は根強い人気があったんですがたった3作と寡作で引退されてしまいました。
もっとハードコアな絡みも見たかったんですが、非常に残念です。
そして続いてはこちら、

綾波涼さん
(バスト100センチ・Hカップ)

この女優さんはインディースでデビュー(「近藤かおり」「綾波りょう」の芸名を使用)したんですが
インターネットを通じて人気が深まりアテネなどのメジャーの会社からも作品が出るようになりました。
特にソフトオンデマンドでは総合売り上げが10万本に達してその貢献に対して
当時の社長高橋がなり氏からダイヤの指輪をプレゼントされたそうです。
この女優さんも細川しのぶさんと同様に「ブスエロい」感じがとても良かったです。
そして、続いてはこちら

遠野ゆき美さん
(バスト95センチ・Fカップ)
この方の作品もよく見ていました。

当時は写真で見るよりもでかく感じていたんですが、今見るとやや小さいですね。
きっとそれよりもデカイ爆乳をそのあと見まくって感覚が麻痺しちゃったんでしょう。

けどすごく好きな女優さんでした。
そして、続いてはこちら

椎名舞さん
(バスト90センチ・Gカップ)
ちなみに初めて見た作品がこちら「ビタミンG」です。

この方は声がアニメ声で美形な顔と爆乳のその微妙なミスマッチ感がやらしかった記憶があります。
こちらの方も人気がいまだにありますのでアリスピンクファイルさんから総集編が出ているので
興味をもたれた方は是非ご覧になってください。↓

続きましてはこちら

可愛あずささん
(バスト97センチ・Fカップ)

この女優さんはとにかく名が表すとおり『可愛かった』です。
デビューしてしばらくするとその可愛さが色っぽさへと変化していきました。
本当にすばらしい女優さんでした。
さぁ、成人期編も最後になりました。
私がもっとも沢山レンタルで借りていた女優さんを紹介します。
この方です。

山咲あかりさん
(バスト101センチ・Hカップ)
この方は18歳の時にストリッパーとしてデビューし、その後AVでもデビューしました。
(なお、ストリップも同時進行でやられていたそうです)
私が一番はじめに見た作品がこれです↓

この方はメジャーでデビューして一年後、インディースに拠点を移しましたが
私も含めた『爆乳マニア』の根強い支持を受けてその後、数十本もの作品を残してくれました。
途中、一旦引退したのですが、その後再び復帰し、熟女ものに出演するなどして計7年間活躍
されました。

あかりさんの魅力は何といっても色白でむっちりした爆乳でした。
私の部屋には今もダビングした上の写真の作品「Mypretty101」があり、
その中では「素人におっぱい揉んでくださいと逆ナンパして車内で尺八」や
「お仕置きと称して森の中で青姦FUCK」などエロイ内容ふんだんで
今も年3回ほど使用させていただいております。
まぁこんな感じで爆乳アダルトビデオも世紀末を迎えることとなりました。
さてこの続き(新世紀編)はまた次回。
一人暮らしを始めてからというもの私はそれまでの呪縛を解かれ、
狂うこと「自慰行為を覚えこまさせられたおさるのジョージ(BY・Eテレ)」のごとく、
連日連夜、爆乳のAVを見まくるようになったのでした。
今日はそんな私の上を、いや、私のビデオデッキの中を通り過ぎて行ったさまざまな爆乳女優さんを時系列順でご紹介していきたいと思います。
まずはこの方

西野美緒さん
(バスト93cm・Gカップ)
ちなみに一番最初に見たビデオがこの『不法侵乳』です↓

この女優さんのどこが良かったか。
それは爆乳の素晴らしさもさることながら西野さんの出身が京都ということで、このビデオ作品の中の
『未亡人がお坊さんに犯られる』というシュチュエーションのコーナーで京都弁を使っていて、
その京都弁の響きのやらしい事と言ったらなかったのです。
「なにしはるんですか?」「やめてください↘↘(語尾のイントネーション下がる)」
といった感じではんなりと坊主を拒絶する様がなんとも言えず、
これ以降私は『ご当地方言AV』の方にも夢中になったのは言うまでもありません。
ちなみに西野美緒さんのDVDは現在も、
『アリスピンクファイル あの新基準モザイクで魅せる! 西野美緒』↓

で、見ることが出来ます。西野美緒作品の総集編なのですが「不法侵乳」が入っているかは未確認です。
入っていたら再び見てみたいんですが近くのレンタルビデオショップに置いてないので残念です。
で続きましてはこの方

水谷リカさん(バスト90センチ)
この方は後々、七瀬理香という芸名に改名され、「激走戦隊カーレンジャー」の悪役、ゾネットととしてお子様向けの番組に出演され、CDまで出しました。


そのセクシーなゾネットの衣装の為、なぜかお子様だけじゃなく保護者もヒーロー物を録画してみるという現象が起こりました。(かく言う自分も見てましたけど)
ちなみに今もファンページがあります→http://rikamizutani.x.fc2.com/
そして続いてはこちら

細川しのぶさん(バスト98センチ)
ちなみにはじめてみた作品がこちら↓

細川ふみえのそっくりさんとしてAV界にデビューしましたが個人的には似てないと思います。
しかしブス爆乳も好きな自分としてはツボでした。
この方は2009年の時点では吉原のソープランド『特別室』で働いていらしたそうですが
現在は分かりません。
↓ちなみにこれは最近の写真のようです。

一回行ってみたかったです。
続きましてはこちらの方、

福原園美さん
(バスト90センチ・Eカップ)
こちらがはじめて見たビデオ「デビュー、そのみ18歳」です。

この方は根強い人気があったんですがたった3作と寡作で引退されてしまいました。
もっとハードコアな絡みも見たかったんですが、非常に残念です。
そして続いてはこちら、

綾波涼さん
(バスト100センチ・Hカップ)

この女優さんはインディースでデビュー(「近藤かおり」「綾波りょう」の芸名を使用)したんですが
インターネットを通じて人気が深まりアテネなどのメジャーの会社からも作品が出るようになりました。
特にソフトオンデマンドでは総合売り上げが10万本に達してその貢献に対して
当時の社長高橋がなり氏からダイヤの指輪をプレゼントされたそうです。
この女優さんも細川しのぶさんと同様に「ブスエロい」感じがとても良かったです。
そして、続いてはこちら

遠野ゆき美さん
(バスト95センチ・Fカップ)
この方の作品もよく見ていました。

当時は写真で見るよりもでかく感じていたんですが、今見るとやや小さいですね。
きっとそれよりもデカイ爆乳をそのあと見まくって感覚が麻痺しちゃったんでしょう。

けどすごく好きな女優さんでした。
そして、続いてはこちら

椎名舞さん
(バスト90センチ・Gカップ)
ちなみに初めて見た作品がこちら「ビタミンG」です。

この方は声がアニメ声で美形な顔と爆乳のその微妙なミスマッチ感がやらしかった記憶があります。
こちらの方も人気がいまだにありますのでアリスピンクファイルさんから総集編が出ているので
興味をもたれた方は是非ご覧になってください。↓

続きましてはこちら

可愛あずささん
(バスト97センチ・Fカップ)

この女優さんはとにかく名が表すとおり『可愛かった』です。
デビューしてしばらくするとその可愛さが色っぽさへと変化していきました。
本当にすばらしい女優さんでした。
さぁ、成人期編も最後になりました。
私がもっとも沢山レンタルで借りていた女優さんを紹介します。
この方です。

山咲あかりさん
(バスト101センチ・Hカップ)
この方は18歳の時にストリッパーとしてデビューし、その後AVでもデビューしました。
(なお、ストリップも同時進行でやられていたそうです)
私が一番はじめに見た作品がこれです↓

この方はメジャーでデビューして一年後、インディースに拠点を移しましたが
私も含めた『爆乳マニア』の根強い支持を受けてその後、数十本もの作品を残してくれました。
途中、一旦引退したのですが、その後再び復帰し、熟女ものに出演するなどして計7年間活躍
されました。

あかりさんの魅力は何といっても色白でむっちりした爆乳でした。
私の部屋には今もダビングした上の写真の作品「Mypretty101」があり、
その中では「素人におっぱい揉んでくださいと逆ナンパして車内で尺八」や
「お仕置きと称して森の中で青姦FUCK」などエロイ内容ふんだんで
今も年3回ほど使用させていただいております。
まぁこんな感じで爆乳アダルトビデオも世紀末を迎えることとなりました。
さてこの続き(新世紀編)はまた次回。
(第二次性長期編)
話は黎明期編から遡る事、二年ほど前。私は初めての自慰行為をする事となった。
その時の私の初めての自慰愛玩女性(オナペット)は中学校の近所のゴミ捨て場に捨ててあった週刊大衆に出ていた、この人であった。


松坂 季実子である。
私の爆乳AV女優好きはもはやこの時始まっていたのかも知れない。
鳥が卵から出てくる瞬間に目にしたものを親だと思う現象(刷り込み)のようなものだろう。
それからと言うものは私は数々の巨乳・爆乳AV女優にお世話になる事になる。
羅列していってみよう。

立原友香

工藤ひとみ

いとうしいな

一の樹愛

五島めぐ
この女優さんたちが活躍した期間は私にとっては18歳未満であった。
しかし、どうにか友達の伝手でダビングされたビデオを入手して私はこの女優さんが多にお世話になったものである。
18歳が過ぎると私は独り暮らしを始め、好き勝手にAVを見ることが出来るようになった。
そのことについては次回また詳しく書くことにする。
話は黎明期編から遡る事、二年ほど前。私は初めての自慰行為をする事となった。
その時の私の初めての自慰愛玩女性(オナペット)は中学校の近所のゴミ捨て場に捨ててあった週刊大衆に出ていた、この人であった。


松坂 季実子である。
私の爆乳AV女優好きはもはやこの時始まっていたのかも知れない。
鳥が卵から出てくる瞬間に目にしたものを親だと思う現象(刷り込み)のようなものだろう。
それからと言うものは私は数々の巨乳・爆乳AV女優にお世話になる事になる。
羅列していってみよう。

立原友香

工藤ひとみ

いとうしいな

一の樹愛

五島めぐ
この女優さんたちが活躍した期間は私にとっては18歳未満であった。
しかし、どうにか友達の伝手でダビングされたビデオを入手して私はこの女優さんが多にお世話になったものである。
18歳が過ぎると私は独り暮らしを始め、好き勝手にAVを見ることが出来るようになった。
そのことについては次回また詳しく書くことにする。
みなさんは自分がなぜ爆乳好きになったのか考えた事があるでしょうか?
「気がついたらなぜだか爆乳好きになっていた」
と言う方もいらっしゃるとは思いますが、人それぞれどこかで
初めての『爆乳(ちち)との遭遇』と言うものがあるような気がします。
それはたいてい、まだ精通も訪れていない時期に遭遇している
可能性があります。
私は今回、自分の爆乳好きが『どこで始まり』そして、『どのような経緯』で
発展していったかを懐かしのアイドルや懐かしのAV女優、海外のヌードモデルやポルノ女優の写真も交えてその歴史を紹介していきたいと思います。
黎明期
私が始めて爆乳(巨乳)と遭遇したのは小学校1年当時。近所の各家々から出され集められた廃品回収の中から週刊少年ジャンプなどの漫画雑誌を拾おうとしていた時、私はそれと遭遇したのだ。それはたぶん私が生まれる随分前にグリコのおまけか何かで付いてきたであろう、あるアイドルの水着姿が写った下敷きであった。それがこれだ。

榊原郁恵。今ではもう渡辺徹の奥さんという印象しかないかもしれないがその昔はこのような感じのムチムチした水着姿で世の中を席巻していた。かの俳優、唐沢寿明も郁恵ちゃんに会うために芸能界に入ってきたと言うくらいだからこの人がいなければ名作「白い巨塔」も「不毛地帯」も私の爆乳好きもなかったと言っても等しいだろう。もちろん私はこの下敷きを家に持って帰り、ひそかに家宝として買って貰ったばかりの学習机にしまいこんだのは言うまでもない。当時は自慰行為などと言うものを知らないから時折家の人がいない時間を見計らって眺めるくらいしかしなかったが、妙に何か悪い事をやっているような感じをその時感じていたのかもしれない。
郁恵ちゃんとの遭遇以後、私はビキニ姿の巨乳に対して異常に反応するようになっていった。そこでまた新たなセックスシンボルを発見してしまった。
それがこの人だ。

河合奈保子。衝撃的だった。郁恵ちゃんの健康的な巨乳とはちょっと違う種類の気持ちが自分を襲ってくるのがよく分かった。(しかしまだその時の気持ちがエロ(性欲)だということはその当時の私には分からなかったのだが)郁恵ちゃんが全体的に丸っこかったのに対し、河合奈保子のスタイルは出るとこでて引っ込むとこ引っ込むといった感じのナイスなプロポーションだった。そして八重歯と垂れがちの目。私は一気に郁恵派から奈保子派への離党を決意したのは言うまでもない。
それからしばらくして河合奈保子は歌手業に専念し始め、ブラウン管に水着姿を晒す事が少なくなってきた。私は著しくその時怒りを覚えたものである。
「なんで水着にならんのだ!」
そんな心の寂しさに支配されていた時、私の心の隙間を埋めるアイドルがまた訪れた。その人がこれだ。

柏原芳恵。そのけだるそうな表情。のちのちその表情が『セックスしたあとのけだるい感じ』だと分かるにはまだ私は若かった。柏原芳恵はその当時、空港で持ち物検査の際、大人のおもちゃが発見されたと言うデマを流されていてその噂も相まって私の中ではそれから高校に進学する頃、柏原芳恵が乳首を解禁するまでの間、密かな心の中のアイドルとして君臨していた。
柏原芳恵と遭遇してから三年ほど経った時、私はまた衝撃的な爆乳と遭遇した。
それは忘れもしない四年生の時、小学校のとなりに隣接されて公民館が建てられていたのだが私はよく下校時間の後、時間があると公民館に友達と遊びに行っていた。そして公民館内で隠れんぼする事になり、私は公民館のちょっとした小部屋の中に隠れる事にした。今考えるとなぜそこにそんなものがあったのか分からないのだが、入り口のドアに大きな外人さんのヌードポスター(おそらく月刊プレイボーイのヌードポスター)が貼られてあったのだ。
それが私の外人爆乳との初対面である。
それからと言うもの、卒業までの期間、帰宅前に時間があるとその部屋に巡礼するのが私の日課となったのは言うまでもない。
それから中学に進学して今までわりと自分と歳の離れたアイドルを好きになる傾向のあった私が割りと近い年齢のアイドルに熱を上げることになった。それは

西田ひかるである。健康的なボディ、素敵な笑顔。西田ひかるを初めて意識したのはあれは確か1990年に放送された「女だらけの水泳大会90‘」だったと記憶している。
西田ひかるは毎年その水泳大会の常連だったのだが、その年急に体つきが発達してムチムチした感じになっていた。そして障害物レースに参加した西ひかるが発泡スチロール製の丸太のようなものを足で挟んで腰を動かして前に進むという障害物を渡る時、事件は起こった。なんと丸太の上で少し前方向に倒れてしまった時、その反動で前かがみになった胸がプルンプルンと揺れたのである。

↑イメージはこんな感じ
それから西田ひかるが結婚するまで私はずっと西田ひかるのファンになってしまったのはいうまでもない。
そして中学時代といえば忘れられないのが愛川欽也が司会を勤める「世界ビックリ大賞」の毎回おなじみの外人の爆乳さんをスタジオに招く企画であった。

その中でも忘れられないのがMelissa Moundsさんというアメリカのポルノ女優(下の写真の方)が出演されたコーナーであった。

どういうコーナーかというとMelissa Moundsさんが突如、東京都内の銭湯の男風呂へと侵入し、何も知らされていないお客(老人が多い)がシャンプーをしている時に頭の上におっぱいをのせて気づいた時のリアクションを見たり、おっぱいで頭を挟んでみたりといったドッキリの企画であった。
私はその小学校の時のヌードポスターとこのおっぱいどっきり企画によって完全に外人爆乳の虜にされてしまったのである。
ちなみに西田ひかるのおっぱいプルンプルン映像とMelissa Moundsさんのドッキリ企画のVTRを大切に保管してお世話になっていたのだが ついうっかり爪を折り忘れていて高校に進学後、上から録画してしまった。今考えても惜しいことをしてしまった気がする。
こうして、私は巨乳アイドルと外人爆乳の洗礼を受けて「爆乳好きの世界」へと船出を始めたわけである。
まぁここまでがざっと黎明期編である。
続きはまた次回。
「気がついたらなぜだか爆乳好きになっていた」
と言う方もいらっしゃるとは思いますが、人それぞれどこかで
初めての『爆乳(ちち)との遭遇』と言うものがあるような気がします。
それはたいてい、まだ精通も訪れていない時期に遭遇している
可能性があります。
私は今回、自分の爆乳好きが『どこで始まり』そして、『どのような経緯』で
発展していったかを懐かしのアイドルや懐かしのAV女優、海外のヌードモデルやポルノ女優の写真も交えてその歴史を紹介していきたいと思います。
黎明期
私が始めて爆乳(巨乳)と遭遇したのは小学校1年当時。近所の各家々から出され集められた廃品回収の中から週刊少年ジャンプなどの漫画雑誌を拾おうとしていた時、私はそれと遭遇したのだ。それはたぶん私が生まれる随分前にグリコのおまけか何かで付いてきたであろう、あるアイドルの水着姿が写った下敷きであった。それがこれだ。

榊原郁恵。今ではもう渡辺徹の奥さんという印象しかないかもしれないがその昔はこのような感じのムチムチした水着姿で世の中を席巻していた。かの俳優、唐沢寿明も郁恵ちゃんに会うために芸能界に入ってきたと言うくらいだからこの人がいなければ名作「白い巨塔」も「不毛地帯」も私の爆乳好きもなかったと言っても等しいだろう。もちろん私はこの下敷きを家に持って帰り、ひそかに家宝として買って貰ったばかりの学習机にしまいこんだのは言うまでもない。当時は自慰行為などと言うものを知らないから時折家の人がいない時間を見計らって眺めるくらいしかしなかったが、妙に何か悪い事をやっているような感じをその時感じていたのかもしれない。
郁恵ちゃんとの遭遇以後、私はビキニ姿の巨乳に対して異常に反応するようになっていった。そこでまた新たなセックスシンボルを発見してしまった。
それがこの人だ。

河合奈保子。衝撃的だった。郁恵ちゃんの健康的な巨乳とはちょっと違う種類の気持ちが自分を襲ってくるのがよく分かった。(しかしまだその時の気持ちがエロ(性欲)だということはその当時の私には分からなかったのだが)郁恵ちゃんが全体的に丸っこかったのに対し、河合奈保子のスタイルは出るとこでて引っ込むとこ引っ込むといった感じのナイスなプロポーションだった。そして八重歯と垂れがちの目。私は一気に郁恵派から奈保子派への離党を決意したのは言うまでもない。
それからしばらくして河合奈保子は歌手業に専念し始め、ブラウン管に水着姿を晒す事が少なくなってきた。私は著しくその時怒りを覚えたものである。
「なんで水着にならんのだ!」
そんな心の寂しさに支配されていた時、私の心の隙間を埋めるアイドルがまた訪れた。その人がこれだ。

柏原芳恵。そのけだるそうな表情。のちのちその表情が『セックスしたあとのけだるい感じ』だと分かるにはまだ私は若かった。柏原芳恵はその当時、空港で持ち物検査の際、大人のおもちゃが発見されたと言うデマを流されていてその噂も相まって私の中ではそれから高校に進学する頃、柏原芳恵が乳首を解禁するまでの間、密かな心の中のアイドルとして君臨していた。
柏原芳恵と遭遇してから三年ほど経った時、私はまた衝撃的な爆乳と遭遇した。
それは忘れもしない四年生の時、小学校のとなりに隣接されて公民館が建てられていたのだが私はよく下校時間の後、時間があると公民館に友達と遊びに行っていた。そして公民館内で隠れんぼする事になり、私は公民館のちょっとした小部屋の中に隠れる事にした。今考えるとなぜそこにそんなものがあったのか分からないのだが、入り口のドアに大きな外人さんのヌードポスター(おそらく月刊プレイボーイのヌードポスター)が貼られてあったのだ。
それが私の外人爆乳との初対面である。
それからと言うもの、卒業までの期間、帰宅前に時間があるとその部屋に巡礼するのが私の日課となったのは言うまでもない。
それから中学に進学して今までわりと自分と歳の離れたアイドルを好きになる傾向のあった私が割りと近い年齢のアイドルに熱を上げることになった。それは

西田ひかるである。健康的なボディ、素敵な笑顔。西田ひかるを初めて意識したのはあれは確か1990年に放送された「女だらけの水泳大会90‘」だったと記憶している。
西田ひかるは毎年その水泳大会の常連だったのだが、その年急に体つきが発達してムチムチした感じになっていた。そして障害物レースに参加した西ひかるが発泡スチロール製の丸太のようなものを足で挟んで腰を動かして前に進むという障害物を渡る時、事件は起こった。なんと丸太の上で少し前方向に倒れてしまった時、その反動で前かがみになった胸がプルンプルンと揺れたのである。

↑イメージはこんな感じ
それから西田ひかるが結婚するまで私はずっと西田ひかるのファンになってしまったのはいうまでもない。
そして中学時代といえば忘れられないのが愛川欽也が司会を勤める「世界ビックリ大賞」の毎回おなじみの外人の爆乳さんをスタジオに招く企画であった。

その中でも忘れられないのがMelissa Moundsさんというアメリカのポルノ女優(下の写真の方)が出演されたコーナーであった。

どういうコーナーかというとMelissa Moundsさんが突如、東京都内の銭湯の男風呂へと侵入し、何も知らされていないお客(老人が多い)がシャンプーをしている時に頭の上におっぱいをのせて気づいた時のリアクションを見たり、おっぱいで頭を挟んでみたりといったドッキリの企画であった。
私はその小学校の時のヌードポスターとこのおっぱいどっきり企画によって完全に外人爆乳の虜にされてしまったのである。
ちなみに西田ひかるのおっぱいプルンプルン映像とMelissa Moundsさんのドッキリ企画のVTRを大切に保管してお世話になっていたのだが ついうっかり爪を折り忘れていて高校に進学後、上から録画してしまった。今考えても惜しいことをしてしまった気がする。
こうして、私は巨乳アイドルと外人爆乳の洗礼を受けて「爆乳好きの世界」へと船出を始めたわけである。
まぁここまでがざっと黎明期編である。
続きはまた次回。


